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自分を責めてしまう人へ|少し心が軽くなる考え方

自分を責めてしまう人へ

「あの時、なんであんな言い方をしてしまったんだろう」
「私のせいで雰囲気を壊してしまった」
「もっと上手くできたんじゃない」

HSP気質の人や、繊細な人ほど、
過去の場面を何度も思い出して、
自分を責めてしまうことがあります。

後悔ばかり浮かんできて、
どんどん苦しくなる。

これって、本当につらいですよね。

私も、過去の失敗を何度も思い出しては、
「なんであんなことをしてしまったんだろう」
と、自分を責めていました。

同じ場面が何度も頭に浮かんで、
前に進めない自分まで嫌になっていました。

そして、

・もう同じ失敗をしたくない
・人に嫌われたくない

って、もっと頑張らなきゃって思うのに、
失敗や人の目が怖くて、
身動きが取れず縮こまってしまう・・・

でも、これって本当に自分のせいでしょうか?

自分の頑張りが足りなかったからでしょうか?

いいえ、違います。

過去のことがきになって、
後悔してしまうのは、
それだけ、
「真剣に、その場を大切にしていたから」です。

だから、

後悔って、真剣に生きてきた証拠でもあると思います。

そう思うと「後悔」の考え方が少し変わってきます。

でも、後悔ばかりしてしまうと、
「今の自分」が報われなくて、
つらくなってしまう。

あの時のあなたは、あの時のあなたなりに、一生懸命だった。

だから、責めるより先に、

「よく頑張ってたね」
と、言ってあげてほしいです。

そもそも、過去の失敗や後悔を思い返して、
反省してしまうのは、
自分を責めてしまいやすい人の
「心の癖」の1つです。

だから、少し考え方を変えるだけで、
今よりずっと楽になれます。

私自身、この考え方を知って、
自分を責めすぎず、前を向いて行動できるようになりました。

気になる所だけでもいいので、
読んでみて下さい。

この記事では、
少し心が軽くなる考え方を
3つお伝えします。

  • ①全てを自分の責任にしなくていい
  • ②失敗が怖い人へ|失敗は「挑戦した証」
  • ③自分に優しくできない人へ|休むことにも価値がある

の、3つです。

いきなり全ての考え方を変えなくて大丈夫です。
できそうだなと思う所から、
少しずつ変えていければオッケーです。

書いている私自身が、
まだまだ、心の癖が取り切れていません。

一緒に考え方を変えて、
今より少し生きやすくなれればいいなと思います。

①全てを自分の責任にしなくていい


自分に厳しく、
「もっと頑張らなきゃ」
と、自分を追い込んでしまう。

そして、悪いことが起こると、
「全てを自分の責任だ」
と、感じて背負い込んでしまう。

過去の上手くいかなかった失敗もそうですが、
特に、人間関係での失敗が多いと思います。

あんなことを言ってしまったから雰囲気が悪くなった。
あんな言い方をしてしまったから機嫌を損ねてしまった。

始めにハッキリ言っておきたいのですが、

あなたが悪いから苦しいのではありません。

人のことを大切にしたい優しい人だから、
必要以上に自分を責めてしまうのです。

むしろ、相手のことを真剣に考えることのできる、優しい人です。

だから、こう考えてみるのが良いと思います。

相手の機嫌や感情は、
その人自身のものです。

あなたが全部背負わなくていいし、
変えようと頑張りすぎなくて大丈夫です。

人の感情にまで、責任を持つ必要はないのです。

自分が責任を持つべきものは、
「自分の機嫌」です。

相手の顔色を窺ってどうこうするんじゃなくて、
自分の上機嫌を維持する努力をしていれば良いのです。

こう考えると、何だか気が楽になりませんか?

そして、自分が上機嫌でいれば、
相手も嬉しいはずです。

何もかも自分の責任と考えるのではなく、
自分が責任を負うべきものだけ、
自分がコントロールできるものだけに集中すれば、
負担も少なくなります。

自分が少しでも上機嫌でいられると、
心に余裕ができます。

すると、人の顔色より、

自分の気持ちを大切にできるようになります。

もっと、自分が上機嫌になれる楽しいことを見つけちゃいましょう。

「どうしても人の機嫌が気になってしまう人向け」
具体的な対処法はこちらでまとめています。

②失敗が怖い人へ|失敗は「挑戦した証」


こんな言葉があります。

「失敗は最高にカッコイイ」

でも、
「失敗がかっこいいなんて、
そんなふうには思えない」
そう感じる人もいるかもしれません。

私も、失敗するたびに
「なんで私はこんなにダメなんだろう」
と責めていました。

でも今は、

失敗したということは
挑戦したということ

なんだと思っています。

それって、とってもかっこよくないですか?

人には「結果」しか伝わりません。

だから、何かに挑戦した時、
成果を得られなかったら
失敗とみられてしまいます。

せっかく自分はまだ頑張っているのに、
結果が出てない所だけ見て、
何かを言ってくる人はいます。

そして、人はどうしても
「ネガティブな感情」
に引っ張られやすい生き物です。

失敗した、悔しい、恥ずかしい、
足りない自分に目を向けてしまい、
「失敗」ばかりを見て考えてしまう。

でも、「過程」を知っている自分だけは、

「うまくいかなかった自分」を見るのではなく
そこまで頑張って、
「挑戦した自分」を見る。

誰かに認めてもらえなくても、
挑戦したことを一番知っているのは、
あなた自身です。

だから、自分だけは

「よく頑張ったね」

と言ってあげて下さい。

そうやって、失敗への考え方を変えていくと、
失敗しても、自分を責めなくてよくなります。

③自分に優しくできない人へ|休むことにも価値がある

どうか、お願いです。

もっと、自分に優しくしてあげて下さい。

  • ・自分の好きなことをしていい
  • ・自分の趣味を楽しんでいい
  • ・自分のわがままを言っていい
  • ・自分を甘やかしていい

自分を責めてしまう人は、
どうしても自分に厳しくしてしまいがちです。

楽しんでいる自分に
「申し訳なさ」
を感じてしまう時があります。

私も、以前は休みの日や、
休憩時間に休んでいる自分を、
「サボって申し訳ない」
と感じてしまうことが多かったです。

でも、そんなことないですよね。

誰かのために生きる人生ではありません。
自分の人生です。

  • ・休みの日には休んでいい
  • ・趣味に夢中になっていい
  • ・何もせずにボーッと1日を潰していい
  • ・休憩時間に休んでいい
  • ・休憩時間に趣味やゲームを楽しいんでいい
  • ・おしゃべりして笑ったっていい

なんなら、仕事だって、
自分の好きなことを仕事にしていいんです。

自分を責めてしまう人や、
完璧主義の人は、
休むことに罪悪感を感じやすいものです。

だから、変な言葉ですが、

「休む練習」

が、必要です。

ON/OFFの切り替え
メリハリを付ける練習
と考えると分かりやすいでしょうか。

自分の心と体のケアを大切にして、
自分にもっと優しくしてあげて下さい。

人には優しくできるあなたなら、
本当は、自分にも優しくしていい。

いちばん近くにいる「自分」を、
置き去りにしなくて大丈夫です。

誰に気兼ねすることなく、
しっかり休んで、
自分の好きなことに夢中になっていきましょう。

「自分に優しくするにはどうすればいいの?」
具体的な対処法はこちらでまとめています。

全てを完璧にできなくていいんです。

完璧を目指してしまうと、
最初の一歩を踏み出すハードルが高くなって、
踏み出すことができなくなってしまいます。

できる所から、できる範囲で、
60点くらいを目指す軽い気持ちで
踏み出せたら良いんじゃないでしょうか。

自分を責めてしまう人は、
責任感が強く、
真面目な人なのだと思います。

そして、
相手のことを真剣に考えて行動できる
優しい人。

でも、

人に優しくするのと同じくらい
自分にも優しくしてあげてください。

今日から少しだけ、
人に向けていた優しさを、
自分にも向けてあげて下さい。

あなたは、もう十分頑張っています。

ここまで読んで下さってありがとうございます。

このブログでは、
「もう少し楽に生きたい」
そう思ったことがある方への
無理をしない考え方や、
自分を大切にするヒントをまとめています。

よかったらこちらも読んでみて下さい。

私は、自分を責めて苦しくなった時、 気持ちをノートやブログに書くことで、少しずつ心を整理できました。

書くことは、自分の気持ちに優しく寄り添う方法のひとつかもしれません。
もし興味があれば、ブログの始め方はこちらにまとめています。

ブログを書いて、実際に行動してみると、
気持ちの整理がついてきますし、
新たな発見があって楽しくなってくると思います。

「私一人くらい」じゃなくて「せめて私一人だけでも」

「私一人くらい」じゃなくて「せめて私一人だけでも」
私一人くらい
〇〇しても大丈夫という自分勝手な考え。
例えば
「私一人くらいサボっても大丈夫」
「私一人くらいポイ捨てしても大丈夫」
と考える。
これはとても我儘な考えだと思います。
この考えはやがて、「あの人がしているんだから、私もしてもいいだろう」と会社の乱れ、社会の乱れの元となります。

そうじゃなくて、
せめて私一人だけでも
せめて私一人だけでも役に立てる事をしよう。
この考えが、会社を、社会を、そして自分を幸せにする考え方だと思います。
「私一人だけでも早く来て会社の掃除をしよう」
「私一人だけでも街のゴミを拾おう」
誰もしていないのになんで自分だけと、一見自分が損をしているように見えます。
また、「自分だけ良い事をするのが恥ずかしいし」と感じるかもしれません。
確かに大勢の中で、自分一人だけが行動する、良い事をするのは少し勇気が必要です。
なぜなら、世の中の常識と言うか、皆の行動は多数決で決まるからです。
例えば電車でおじいさんに席を譲る場合。
電車の席がすべて埋まっている状態で、おじいさんが乗ってきた時、
「おじいさんどうぞ」
と席を譲るのは良い事なのに、なぜか行動するのに勇気が必要です。
それは席に座っている人の方が多いから。自分一人だけが違う事をするので、勇気が必要になるのです。
では逆に、同じ状況、
電車の席がすべて埋まっている状態で、おじいさんが乗ってきた時、
全員が立って「おじいさんどうぞ!」
と声を掛けたら、自分一人だけ席に座っているのはかなり勇気が必要になると思います。
このように、行動は数が、人数が決める事がよくあります。
しかし、
電車でおじいさんに席を譲る事
街で落ちていたゴミを拾う事
会社で皆より少し早く出社して掃除をする事
これらの行動は明らかに「善」です。
誰に文句を言われる筋合いもありません。
自分が気付いたなら、そしてそれが正しいと思ったなら、他人は関係ありません。
堂々とやったら良いと思います。
ただ、自分が最初の一人だっただけです。

ファーストペンギン
という言葉があります。集団で行動するペンギンの群れの中から、天敵がいるかもしれない海へ魚を求めて飛びこむ最初の1羽のペンギンのこと。 その“勇敢なペンギン”のように、リスクを恐れず初めてのことに挑戦する人の事を、敬意を込めて「ファーストペンギン」と呼びます。

自分が最初の一人だっただけです。
誰かが始めなければ何も変わりません。
だったら自分が「その誰か」であってもいいと思います。
他の人が協力的じゃなくても、自分が気付いたのならそれは自分がやればいいのです。
また、「偽善」と言われるかも、思われるかもと行動するのをためらってしまう時もあります。
そんな時は「無視」で大丈夫。

偽善は善
成さぬ善より成す偽善
批判は堂々と無視していい

そこも他人は関係ありません。
初めに戻りますが、
せめて私一人だけでも
です。
批判は気にしない
そして人は責めない
でも自分はさせて頂く

電車で席を譲る
街のゴミを1つ拾う
会社の机を1日1つ拭く
「そんな小さな事!」と思われるかもしれませんが、「+1」でも成長です。
1年365日続ければ+365、10年で+3650です。
初めから完璧を、大きな事を求めると行動に移すのが難しくなりますが、小さなことから「まず行動」を心掛けたいと思います。
初動の早さが全て!まずは第一歩!
初めの一歩、飛~んだっ!

出した分だけが自分の分

自分が得た物ではなく失った物が自分を守る。
お金、生きていく中で最も大切な物。
食べるため、自分を守るため、大切な人を守るため、生きていくためにお金を稼ぐ。
しかし、自分が稼いだお金が自分を守るのではない。
いくら稼いでも、溜め込んでも、使わなければ意味がない。
使う事で初めてお金に価値が生まれる。

たとえば
美味しいご飯が並んでいる。
その美味しいご飯を無くならないようにと、いつまでも見張っているだけでは飢えてしまう。
また、見張っているだけではご飯はいずれ腐って価値が無くなる。
食べて失う事で栄養となり、自分の身が守られる。

お金も、使って失う事で身につく。
魚屋で失えば魚が手に入り、その魚を食べて自分の身が守られる。
八百屋で失えば野菜が手に入り、その野菜を食べて自分の身が守られる。
肉屋で失えば肉が手に入り、その肉を食べて自分の身が守られる。

何に使って守ってもらうか、
自己投資に使って、自分を成長させていけば、成長した自分に守られる。
家族のために、人のために、会社のために、社会のためにお金を使えば、
家族に、人に、会社に、社会に守られる。
得方より失い方が大切。
せっかく使って失うなら、喜んで失える心を育てる。
そして、神様のために使って失えば、神様に守っていただける。
何よりの護りとなる。

物を大切にします

物は生きていない。しかし、大切に使う事で生かすことができる
私達の周りには、たくさんの物があります。
部屋の中を見渡せば色々な物が目につくと思います。
そんな一つ一つの物を大切にできているでしょうか。

私自身、疑問が残ります。

物を乱暴に扱う人には要注意
飲食店で働いていた時の私は、仕事中ガチャンガチャンと大きな音を立てて仕事をする迷惑人間。物を大切に使う心が無く、乱暴に扱ったり、放り投げたりとやりたい放題でした。
そんな人間が店長をしていたので、周りに迷惑をかけるだけでなく、大切にしない態度がスタッフにも伝染し、よく調理器具や備品が壊れる店になっていました。
他にも、自分の身に付けるものにも興味がなく、まだ使えるという理由で、
ボロボロの財布や鞄、ヨレヨレのTシャツ、ドロドロの靴などを
使っていました。
部屋を見ればもう…

書いていて恥ずかしくなってきましたので、これくらいで…

このような、ボロボロの物をいつまでも使っている人、
厨房からガチャンガチャンと大きな音が聞こえ、乱暴に配膳する飲食店、
唯一、私の携帯電話だけは新しく、画面バキバキにはなっていませんでしたが、スマホの画面がバキバキに割れていても、そのまま使っている人、
そんな人と仲良くなりたい!
そんな店にもう一度行きたい!
と思う人はいないと思います。
そんな人、そんな店には、人は集まってきません。
それは、その人の物の扱い方をみて、自分もあんな風に乱暴に扱われてしまうのではないか?と疑ってしまうから。

人の優しさは物の扱い方に現れる
逆に、物持ちが良く、丁寧に扱う人や、共有の物も大切に扱う人は、優しい印象を受けるだけでなく、自分もあんな風に大切にしてもらえそう!と安心できます。
周りに、自然と人が集まり、みんなから信頼される人は、例外なく物を大切にしています。決して乱暴に扱ったりしません。
その人の優しさがホンモノかどうかを知りたかったら、その人の物の扱い方をこっそりチェックするといいかもしれません。

物を大切にするという事は、人の想いを大切にするという事
どんな物にも、作るのにたくさんの人たちの手がかかっており、その一人一人の思いがこもっています。
つまり物を大切にするという事は、その人たちの想いを大切にするという事。
そんな、物を大切にできる人に、人が集まってくるのは自然の事だと思います。
逆にガチャンガチャンと大きな音を立てている人には、「何か怒っているのかな?」と近寄りがたくなり、人が遠ざかってゆきます。
まずは、物をそっと優しく扱う事から始めるところから。
物を大切にします!!!

自分でどうすることもできなことは考えなくていい

自分の領分【自分で決めれること】
明日は何をしよう。
アレをしようか、コレをしようか、と自分の明日の予定を考える。
これはもちろん自分の領分です。
自分で考えて、決めて、行動していく。
仕事があるなら、仕事へ行ってどんな流れで仕事をするのか?
出社してまず何をするか、どの順番で仕事をすると効率が良いかなど。
朝活をしているなら、朝起きて一番初めに何をするか、何を積み上げてその積み上げによってどういう自分になりたいのかなど。
休みなら、友達を遊びに行く予定を考えるのもいいし、自己投資で本を読むのもいいし、体を休めるのも大切です。
この自分で行動の予定を立てて、その通りに動こうが、予定外の事をしようが、それは自分の都合で、自分の判断で変えてもいい。
自分の思うままに計画を立てて、思う存分楽しんだらいいと思います。

相手の領分【自分ではどうすることもできなこと】
しかし、この時、自分が立てた計画によって、

  • 結果がどうなるだろう
  • 問題が起こるのではないか
  • 人にどう思われるだろう

と、こんなことを考えてしまう場合があります。
しかしこれは、いくら考えても、どれだけ万端の準備があろうと、どうなるか分かりません。
自分の行動の結果が、行動する前から分かっている場合はほぼ無いでしょう。
新しい事にチャレンジする、そうでなくても日常の業務の中でも、トラブルやアクシデントは必ず起こってきます。
人にどう思われるか、に至ってはいくら考えても分かりません。というか、人によって受け取り方が違うので、賛成賛同高評価をくれる人もいれば、反対低評価の人もいます。
人によっては反対だけでなく、邪魔して来たり、攻撃して来たりする人もいるかもしれません。
それはその人次第。
自分ではどうすることもできません。
しかし、このどうすることもできない事が、とても気になるのです。
結果も、起こりうる問題も、人の評価も、とても気になります。
しかしこれらは「先案じ」考えれば考えるほど不安になり、行動に移せなくなってしまいます。
それでは何の意味もありません。
だから、自分ではどうする事もできない事は、いったん横に置いておくのが一番。
考えない。
考える必要が無いのです。
どれだけ考えても、自分ではどうする事ができない事は、すっきりお任せして、自分の行動だけを考える。
自分が考える理想の未来の為に、どう行動すれば近付くことができるかを
「自分なりに」考えて、
「自分なりに」正しいと
思える行動を実践していく。
ただそれだけ。
その結果がどうなるのか、問題は、人の評価はすっきりお任せして、自分は考えず、心穏やかに眠ってしまえばいいのです。
自分ではどうする事もできない事を考えるより、
自分の睡眠、健康の方が何百倍も大切。
そして、悪い結果、予想外の問題が起こったなら、またそれに全力で取り組んで改善していけばいいし、人に呆れられたり、反対されたり、邪魔されたら、その人と関わらないようにすればいいだけ。
自分が正しいと心に定めたことを、一生懸命に喜んで実践してゆく。
感謝と笑顔のハッピーセット♫

自分でどうすることもできないことは考えない

自分の領分【自分で決めれること】
明日は何をしよう。
アレをしようか、コレをしようか、と自分の明日の予定を考える。
これはもちろん自分の領分です。
自分で考えて、決めて、行動していく。
仕事があるなら、仕事へ行ってどんな流れで仕事をするのか?
出社してまず何をするか、どの順番で仕事をすると効率が良いかなど。
朝活をしているなら、朝起きて一番初めに何をするか、何を積み上げてその積み上げによってどういう自分になりたいのかなど。
休みなら、友達を遊びに行く予定を考えるのもいいし、自己投資で本を読むのもいいし、体を休めるのも大切です。
この自分で行動の予定を立てて、その通りに動こうが、予定外の事をしようが、それは自分の都合で、自分の判断で変えてもいい。
自分の思うままに計画を立てて、思う存分楽しんだらいいと思います。

相手の領分【自分ではどうすることもできなこと】
しかし、この時、自分が立てた計画によって、

  • 結果がどうなるだろう
  • 問題が起こるのではないか
  • 人にどう思われるだろう

と、こんなことを考えてしまう場合があります。
しかしこれは、いくら考えても、どれだけ万端の準備があろうと、どうなるか分かりません。
自分の行動の結果が、行動する前から分かっている場合はほぼ無いでしょう。
新しい事にチャレンジする、そうでなくても日常の業務の中でも、トラブルやアクシデントは必ず起こってきます。
人にどう思われるか、に至ってはいくら考えても分かりません。というか、人によって受け取り方が違うので、賛成賛同高評価をくれる人もいれば、反対低評価の人もいます。
人によっては反対だけでなく、邪魔して来たり、攻撃して来たりする人もいるかもしれません。
それはその人次第。
自分ではどうすることもできません。
しかし、このどうすることもできない事が、とても気になるのです。
結果も、起こりうる問題も、人の評価も、とても気になります。
しかしこれらは「先案じ」考えれば考えるほど不安になり、行動に移せなくなってしまいます。
それでは何の意味もありません。
だから、自分ではどうする事もできない事は、いったん横に置いておくのが一番。
考えない。
考える必要が無いのです。
どれだけ考えても、自分ではどうする事ができない事は、すっきりお任せして、自分の行動だけを考える。
自分が考える理想の未来の為に、どう行動すれば近付くことができるかを
「自分なりに」考えて、
「自分なりに」正しいと
思える行動を実践していく。
ただそれだけ。
その結果がどうなるのか、問題は、人の評価はすっきりお任せして、自分は考えず、心穏やかに眠ってしまえばいいのです。
自分ではどうする事もできない事を考えるより、
自分の睡眠、健康の方が何百倍も大切。
そして、悪い結果、予想外の問題が起こったなら、またそれに全力で取り組んで改善していけばいいし、人に呆れられたり、反対されたり、邪魔されたら、その人と関わらないようにすればいいだけ。
自分が正しいと心に定めたことを、一生懸命に喜んで実践してゆく。
感謝と笑顔のハッピーセット♫

笑顔の効果

私の祖母は今年で90歳になります。
その祖母が30年以上通院している病院が廃院になりました。
そこのお医者さんが高齢で、そろそろ余生を楽しみたいから(笑)との理由だそうです。

…とっても羨ましいですね。

そう言う訳で、祖母の通う病院が無いので、近くの他の病院に行くことになり、紹介状を書いてもらう事になりました。
そこで言われたのが、
「紹介状を書こうにも、なんて書きますかね・・・
30年通院してもらって一度も風邪すらひいたこと無いですからねw」
とのことでした。
そう、祖母は通院する前から30年以上、大きな病気はもちろん、風邪すらひいたことが無いのです。

…とっても羨ましいですね。←今回2回目www

気になるのが、その秘訣!
祖母に聞きました。

健康の秘訣は「感謝」

祖母が言うには、
何事にも「お陰様」を感じる事。
この歳になるといつお迎えが来てもおかしくない、だから色々な事に感謝ができる。

  • 膝は痛いが、自分の足で歩いて買い物にも行ける事
  • 自分の歯で美味しくご飯が食べられる事
  • 家事を全て自分でできる事
  • 好きな裁縫を思う存分楽しめる事
  • 朝に何事もなく起きられる事

毎日何事につけ、神様のご守護を感じるとき、手を合わせて感謝することが何より大切だと言っていました。

これを聞いて私は驚きました。
どれも普段、当たり前に出来ていることだったからです。
起きる事、歩く事、食べる事、仕事や家事や趣味をする事。
どれも当たり前の事だと思いました。

しかし祖母には当たり前ではなかったのです。
90歳になると、友人やご近所の繋がりの人たちが、

  • 歩けなくなって車椅子の生活
  • 入れ歯で食事が楽しめない
  • 体が動かず家事ができない
  • 目が遠くなり趣味を楽しめない、
  • 朝、目を覚まさない…

周りの同じ年の友人や、自分よりずっと年下の友人知人が病気をしたり、残念な知らせを聞いたりするたびに、自分の状況が本当に有難い事だと感じると言っていました。

そう、祖母にとってはどれも当たり前ではないのです。
周りの人たちに比べて自分はなんて有難いんだと感じているから「感謝」できるのです。

では、「当たり前じゃない」のは祖母だけでしょうか?
そうではないと思います。

健康は「当たり前」じゃない

私もそこまで若くはありませんが、日常生活に支障をきたすほどの病気もケガもしたことがありません。
この状態がずっと続いているので、健康が当たり前になっていました。

しかし、そうではありません。

37度の熱が出た時、指先のケガや、水仕事による手荒れ・・・
体温が1度上がっただけで、仕事に集中できませんし、日常生活にも影響が出ます。
ご飯を食べてもおいしく感じられない、歩くのもダルい、好きな趣味もする気になれない。小さなケガも同様に、日常生活に不便を感じます。
そう考えると、今の健康な体が当たり前では無いと感じる事が出来ます。

「感謝」の反対の言葉は「当たり前」
病気になった時、ケガをした時、普段の当たり前に出来ている事が当たり前に出来なくなります。
そんな時、もう少し深く考えて、普段の出来ていることがとても有難い事なんだなと、感謝することができたなら、病気やケガもその事に気付かせてくれる有難い材料になるかもしれません。
それでも、病気やケガが治り、健康を取り戻すと、またその感謝の心を忘れて当たり前になります。
そしてまた病気やケガで感謝を思い出す。
この繰り返しでいつか祖母のような、どんなことにも感謝できる心を作っていけたらと思います。
この世に当たり前の事など一つも無い。
全ての事に感謝して通らせて頂きます。

感謝は行動で示す【「ありがとう」だけでは足りない!+αで劇的に印象が変わる】

「ありがとう」は感謝の言葉。
相手に何か貰った時、何かをして貰った時、感謝の気持ちを伝えるための言葉。
もっと言えば、朝起きられたこと、歩けること、トイレで用を済ませること、物を食べられること…生きていることに感謝する時にも自然と口から出る言葉。
言われた方ももちろん嬉しい、しかし一番その言葉の影響を受けているのは、「ありがとう」と言った自分自身。
「ありがとう」は相手だけでなく、自分も幸せにしてくれる魔法の言葉!
・・・
ただ、「ありがとう」と伝えるだけで終わりにしていないでしょうか。
「ありがとう」を言えないのは論外ですが、言っただけで満足しているのももったいないと思います。
よく聞きますが、
「感謝は言葉ではなく、行動で伝える」
という言葉。
これは「ありがとう」を言わなくていいのではなくて、「ありがとう」+αが大切だという事だと思います。
何かをして貰ったことに対しては、まず感謝の言葉を「ありがとう」を伝える。
それプラス何かの行動を起こす。
お返しの品をプレゼントするのか、相手が大変な時に今度は自分が手伝うのか、方法は色々あると思います。
しかし、その前に、
「ありがとう+α」を伝えてみるのはどうでしょうか。
行動を足す前に、言葉を足す。
感謝の言葉+感想の言葉で相手に伝える。
食事をごちそうになったなら
  「ありがとうございます。〇〇大好きなんですよ、とっても美味しかったです」
物を頂いたなら
  「ありがとうございます。これ欲しかったんですよ、大切に使わせて貰います」
  そしてなるべく早く使ってみて、使った感想を伝える。
手伝って貰ったなら
  「ありがとうございます。お陰様で予定より早く仕上がりました、助かりました」
ほんの一例ですが、これが「感謝+感想」です。
なんだそんな小さい事!
と思われるかもしれませんが、これだけで相手に伝わる印象は良い方向へ大きく変わります。
見返りを求めるわけではありませんが、させて貰った方も、そう言って貰うとさせて貰ったかいもあり、また次も何かさせて貰おうと思います。
何より、安心しますし嬉しいものだと思います。
感謝をするという事は、相手にも喜んでもらう事ではないかと思います。
相手に喜んでもらえると、自分も嬉しくなります。
そう考えると、自然と相手に喜んで貰える様に何かできないかと、次の行動に繋がっていくと思います。
一番良くないのが、「ありがとう」と言うのがマニュアル化になる事。
Twitterのbotのように、条件を満たしたから「ありがとう」とつぶやく。
「はいはい、ありがとうと言えばいいんでしょ」
と、物を貰ったらありがとう、手伝ってもらったらありがとう…
これでは、やっぱり相手に感謝が伝わらない、いやそれどころか、逆にマニュアル的に言っているのが伝わって、印象が悪くなる場合もあると思います。
ああ喜ばれてないな、余計なお世話だったかな、逆に迷惑だったかな…
こう思われてしまうと、次に相手が何かしようかと思った時、躊躇ったり、やっぱりやめようとなったりします。
前みたいに、迷惑に思われるかもと相手が躊躇ってしまうのです。
感謝の言葉を伝えるのはもちろん大切ですが、それ以上に「心」がもっともっと大切だと思います。
「ありがとう」と言葉を出すから、感謝していると相手に伝わる
ではなくて、
感謝の心を伝えるために、「ありがとう」と言葉を出す、から相手に伝わる
ではないでしょうか。
心が先なのです。
言葉が伝わるのではない、心が伝わる。
相手に喜んでもらえるには、を常に考えていたら、+αの言葉も、+αの行動も自然と出てくると思います。

辛いなら休んでいい

辛いなら休んでいい

  • 辛いなら休んでいいよ。
  • 無理しないで。
  • あなたの体が一番大切。
  • 辛い環境からはすぐに逃げたほうがいいよ。

相手を気遣うとても優しい言葉。
でもなぜか罪悪感があって素直にこの優しい言葉を聴くことができない。
それは過去にこの素敵な言葉を言い訳に使ったことがあるから。
無理をするまで自分を追い込んでいないのにこの言葉を言い訳にして
「自分の体を大切にしよう」と中断する。
または、行動しないための言い訳に使う。
私がそうでした。行動しない理由、変わろうとしない理由、逃げるための口実として使っていました。
少しでも辛くなったら逃げ出し、厳しい事を言う人から距離を置き、嫌な事が起こってきたらもう行動しない。
「無理しちゃいけない、自分の体が大切。」
でも、自分でも心のどこかで分かっている。それが言い訳していることを。
罪悪感が募り、行動できない自分が嫌になり、自信が持てなくなる。
まさに悪循環ですが、そこから抜け出そうとしても、また言い訳して動かない。
何度も言い訳して逃げていると、だんだん再出発するための力が多く必要になってきます。

思い立ったが吉日
この吉日を言い訳して先延ばしにすると、次に行動する時は余計に大きな力を必要とする。
そして「逃げる」を繰り返していると、自分の力が確実に小さくなっていく。
そうなると、再出発の時に大きな力を使い、継続するのに大きな力を使う。
でも自分の力は小さくなっているから、すぐに限界がやってくる。
そして、

  • ①また言い訳して逃げ出す
  • ②自分のペースをつかんでコツコツ積み上げる
  • ③限界を超えてしまい体調を崩す

だいたいこの3つに分かれる。
言い訳して逃げ出しては元通り、何も変わりません。やはり自分のペースをつかんでコツコツ積み上げる事がベスト。
たまに最初から突き抜けてぶっ飛んだスピードで成長していく人もいるが、とりあえず今それは置いておきます。
そして最後の体調を崩す。これが怖い。
体調だけでなく、心まで病んでしまう場合がある。
これは冒頭で書いた通り、自分を気遣う優しい言葉を、
言い訳として使っていたから今回もそうかもしれない。だからもっと頑張らないと。
と、素直に聴くことができずに、自分を追い込んで無理をしてしまう。
無理は「理」が「無」い。
理とは、自分がたすかるため、変わるための筋道。
それが無いのだから、結果は良い方向には向かない。
確かに無理をすれば一時は良い方向に向かうかもしれないが、必ずどこかにしわ寄せがきて、理を添えて元に戻る。または元より悪い状態になってしまう。
これでは、せっかく変わろうと努力しているのに変わることができない。
だから「無理」は絶対にしてはいけない。
自分で、本当に限界なのか無理していないか、言い訳なのか正しく判断しないといけない。
しかし、言い訳していた期間が長いと、なかなか「限界がきている、少し休もう」と判断することができなくなる。
私も、「いや言い訳しているだけだ」と自分を責めて無理を続けて、過呼吸で倒れました。
自分のペースを把握できていなくて、無理を続けた結果だと思います。
じゃあどうするのか。
自分で、本当の限界か言い訳か判断がつかなければ危険信号だと認識することだと思います。
それは、周りの人から「大丈夫?無理してない?」と声をかけて貰った時、自分の心の中で葛藤が起こった時。
「ここで休んだら言い訳だな」
「確かに無理してたな、休もう」
どちらかが浮かんだ後に、
「いや、でも…」
と繰り返して悩んでいる時は限界を超えています。
思い切って休んだ方が良いと思います。
体と心が元気なら、いつでも再出発はできます。また変わろうと努力を始めたなら、また行動を開始するときはさほど力を必要としません。とにかく初めの一歩に莫大な力を必要とするだけです。二歩目、三歩目と進んで、少し休んでも再出発は結構容易に進めたりします。
人生は長いので大丈夫、成功できます。焦らず自分のペースを見つけて、それを守ってコツコツ積み上げていくのが一番の近道だと思います。

喜びとはなんだろう?

喜びとは
喜びとは、嬉しい事があるから楽しめる事だと思っていました。
しかし、あるきっかけでGoogle先生に聞いてみたところ、次のような答えが返ってきました。
喜び
・良い事、望ましい事、めでたい事があって、心地よく感じる
・【それを嬉しい事として受け入れる】
衝撃を受けました。
もう一度言います!!
それを嬉しい事として受け入れる
嬉しい事があるから喜べるのはもちろんですが、それだけでなく、どんなことも嬉しい事として受け入れることで喜ぶことができるのです。
つまり、自分の心次第。
確かに、「良い事、望ましい事、めでたい事、楽しい事」があっても自分の心が穏やかでは無かったら、心地よく感じることができません。
私は、漫画や小説、ライトノベルを読むのが好きです。読みだすとすぐ時間を忘れて没頭してしまいます。
しかし、読みだしても、本の世界に入り込めない時もある。
それは、何か「他にやらなければいけないこと」を後回しにしている時。
そんな時は、やっぱり心が落ち着かずソワソワしてしまいます。結局集中できず中断してそのことに取り組んだり、また無理やり集中しようと頭の隅に追いやっても、後で後悔が押し寄せてきたりします。
これでは喜べません。
どんなに楽しい事が待っていても、自分の心が喜べる状態でなければ、それを喜んで受け取ることができない。
逆に、どんな辛い状況でも、自分を成長させるチャンス、成功を掴むためのジャンプ前の、屈んで力をためている状態、と前向きに受け取ることが出来たら、どんなことでも喜びに変えることができるのです。
そして、そのつらい状況を乗り越えて、成功を掴んだり、成長を実感できたりしたなら、辛かったことさえ感謝に変わります。
そう、最終的に感謝に変わるのです。
だったら、最初から感謝してもいいのではないでしょうか。
・辛い状況から成功できたから感謝
・辛い状況から抜け出せたから感謝
・辛い状況を成功への糧にできると気付いたから感謝
・辛い状況を違う角度で見ることができたから感謝
・辛い状況を感謝
いつまでも辛い状況を辛いと思っていたら喜べません。辛い辛いと思いながら続けるのか、ああ有難い、結構や、と感謝して続けるのか、どの段階で感謝できるのかで、その後の成功への到達スピードが格段に違ってきます。
そうは言っても、辛い状況、嫌な状況に陥った時に感謝するのはとってもハードルが高いです。
分かっていても、明日からすぐにできるものでもありません。
じゃあどうするのか。
「ありがとう」と
感謝の言葉を口に出して言う。
周りに人がいて、はじめは恥ずかしいなら、その日一人になってからでもいいので、「ありがとう」とつぶやいてみる。いや、叫んでみる。
人間の脳は自分の発する言葉の影響を大きく受けます。
どんな状況でも「ありがとう」という事ができたら、脳が「有難い事なんだ」と感じて、脳内で幸せホルモンを分泌してくれます。
まずはそこからです。
私もまだ、辛い状況になってすぐに「ありがとう」と口に出して言うことはできていません。
それでも、頭の中で「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と何度も繰り返し、その日の内に、辛い状況に対して「ありがとう」という訓練をしています。
すると不思議に、有難いことなんだなあと感じて、少し前向きに捉えることができます。続けていくことができます。
喜びとは、何事にも感謝できる、低い心に感じることができるものではないでしょうか。
「ありがとう」は自分も幸せにしてくれる魔法の言葉。