「○○してあげたのに」があなたの親切な行動の価値を下げてしまう

「手伝ってあげたのに」
「親切にしてあげたのに」
「お世話してあげたのに」
「譲ってあげたのに」
お礼をしてもらえなかった。

私も、運転をしている時、よく思ってしまうことです。
離合の時に止まって譲ってあげたのに、
駐車場から出てくる車を先に行かせてあげたのに、
右折待ちの車の進路を開けてあげたのに、
・・・
お礼くらいしろよ!と思ってしまいます。
まあ、数え上げたらきりが無いですね。

でもこれは、自分が勝手にした行動に見返りを求めてしまっているのです。
確かに、行動自体は素晴らしい行動でしょう。
でも、それは自分がしたいと思って勝手にした行動です。
それに見返りを求めて、もしそれが相手に伝わったとしたら、
相手はきっと、
「いや、頼んでないよ」
「それなら、してくれなくてよかった」
「余計なお世話です」
と、思われてしまうでしょう。

例えば、あなたが誰かに奢ってもらった時、
お礼は言ったけど、それで済ませていたとします。
それが、しばらくして、誰かから、
「せっかく奢ってやったのに、お返ししてこないんだよあいつ。
普通、奢られたら、「次は出しますね」くらい言うだろ。」
というようなことを聞いたら、
きっとモヤモヤしてしまうと思います。

それと同じで、
自分が誰かをお世話した時、
「せっかくお世話してやったのに」
と、愚痴を言ってしまったら、
相手に同じ思いをさせてしまいます。

また、愚痴を言ってしまうということは、
相手からの「見返り」を期待して行動した
ということです。

仏教では「お布施」という言葉があります。
必ず聞いたことがある言葉だと思います。
では、このお布施とはどのような行為なのか。

それは、
見返りを求めない行為
です。

そして、「親切」や「お世話」も
お布施の一つとして定義されています。

つまり、人のお世話ができたり、
人に親切にすることができたりするのは、
とても素晴らしいことです。

その素晴らしい行為を、さらに輝きを増すために、
やり終えたら綺麗サッパリ忘れてしまいましょう!

忘れてはいけないのは人から受けた恩
さっさと忘れた方が良いのが施した恩

せっかくの素晴らしい行為を
恩着せがましい行為にしないために、
親切やお世話は、やりっ放しでちょうど良いのです♪

また、
成さぬ善より、成す偽善
という言葉をよく聞きます。

私もこの言葉には大賛成です。

災害などは発生した時、日本各地から支援のための人や物が送られてきます。
それを見て、必ず現れる
「偽善者ぶりやがって」
「売名行為だろ」
「もっと支援できるだろ」
など、何もしないのに文句だけ仰る方々・・・

行動する方の真意はどうあれ、
その行動はとても素晴らしいものだと断言できます。

確かに、人に親切にしたり、お世話させて頂いたりして、相手にお礼を言われると嬉しいですし、人によったら、言い方は悪いですが、ある種の優越感のような感情が出る時もあるでしょう。

でも、それで終わらせてしまえばいいと思います。
見返りを求めず、
世間に知らしめようとせず、
嬉しい気持ちになれた自己満足で終わらせておけば、
それは立派なお布施になると信じます。

自分が満足してしまったら、
その後はほったらかしです。

だから、親切やお世話は
やりっ放しにしちゃいましょ♪

ここまで読んで下さってありがとうございます。

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そう思ったことがある方への
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