2025年 11月 の投稿一覧

「我慢なんてしなくていい」は本当か?

日本では、我慢することは「美徳」であるとされてきました。

そして、現在では「我慢すること」にストレスを感じ、嫌気がさしている人が多く、

「我慢なんてしなくていい」

という自己啓発系の言葉が流行っています。

私自身、我慢することに強いストレスを感じ、
嫌気がさしてしまいます。

しかし、本当に我慢は必要ないのでしょうか?

結論から先に書きますと、
絶対に「我慢」は必要です

しかし、それと同時に、
絶対に「目標設定」も必要です

つまり、我慢は目標を達成するためにするものです。

ではそもそも、なぜ「我慢」に強いストレスを感じてしまうのか。
それは、子供の頃の経験が根強く残っているからです。

子供の頃に、我慢をさせられた経験は誰にでもあるはずです。

しかし、その時「我慢する理由」を教えられていない人は
我慢は自分の自由を奪う敵だと認識してしまいます。

そして、我慢することに強いストレスを感じるようになり、
そのまま大人になります。

そして、そんな我慢に強いストレスを感じてしまう人たちをターゲットにした自己啓発が、冒頭に書いた

「我慢なんてしなくていい」

といったものになります。

つまり、「我慢する理由」を教えられていない人がそれほど多いということ。

そんな人たちにとって「我慢なんてしなくていい」という言葉は
魚心あれば水心、自分のモヤモヤを解決してくれる、自分を分かってくれると、飛んで火に入る夏の虫のごとく引き寄せられてしまいます。

とは言ったものの、

「我慢なんてしなくていい」

は、その通りだと思います。

(「どっちなんだ!」「何が言いたいんだ!」とツッコミが聞こえてきそうですがw)

確かに、我慢せずにやりたいことをやって良いと思います。

でも、やりたいことをやり続けるためには、

  • ・我慢してやらなきゃいけないこと
  • ・我慢してやってはいけないこと

が、あります。

我慢には2種類あります

  • ・やりたくてもやってはいけない我慢
  • ・やりたくなくてもやらないとけない我慢

この2種類の我慢をするためには、冒頭で書いた通り、
目標設定

  • 自分のやりたいことをやる
  • 自分の好きなことをやる
  • 自分の夢を叶える

その達成に繋がっていなければ、強いストレスを感じてしまうのです。

我慢は、自分の目標達成のためにするものなのです。

例えばコスプレイヤー。

コスプレイヤーと呼ばれる人たちの多くは、
年2回行われるコミックマーケット
「夏コミ」「冬コミ」
にコスプレして参加するのを目標にします。

コミケで自分の好きなキャラのコスプレをして
注目を集め自分の承認欲求を満たします。

しかし、コスプレイヤーの活動だけで生計を立てられる人はほんの一握りの人だけです。
多くのコスプレイヤーは、普段は会社で働いて生計を立てています。

コスプレイヤーの活動を続けるために、
誘われる女子会や飲み会を断ったり、
旅行や遊びの誘いを断ったり、
買いたい洋服を、ゲームを、推し活を諦たりして
お金を貯めます。

そうして貯めたお金で、
新しいコスプレの衣装を作り、
また次のコミケに備えるのです。

この場合、目標が
「コスプレイヤーの活動を続ける」

やりたくないことをやる我慢が
「会社で働く」

やりたいことをやらない我慢が
「遊びや、買い物を諦めて貯金」

となります。

この生き方が不幸かと言えば、
決してそうではないと言い切れます。

コミケでたくさんの人たちに注目され、
誉められ承認欲求を満たすために働く。

とても充実した人生ではないでしょうか。

このように、自分の好きなことを(目標)を続けるためには我慢しなければなりません。

そして、自分の好きなことを続けるための我慢なら、
我慢だと気にならず我慢することができるのです。

つまり、必要なのは
自分の目標達成のための我慢
自分の好きなことを続けるための我慢
自分のやりたことを続けるための我慢
であって、それ以外の

「我慢なんてしなくていい」

なのです。

以上が、

「我慢なんてしなくていい」

という言葉に私が賛成した理由です。

今、我慢することに強いストレスを感じているなら、
それが自分の目標達成に繋がっているかを確認してみて下さい。

また、そもそも
自分の目標
自分の好きなこと
自分のやりたいこと
が明確になっているのか。

ここが明確になっていなければ、
どこを目指せば良いのか分からず、
何をしていても不安を感じてしまいます。

目的のない我慢ほど辛いことはありません。

いま我慢が辛いなら、一度、自分の目標、やりたいことを考え直して、本当にやりたいことを見つけて

「我慢なんてしなくていい」

やりたいことをやっちゃいましょう♪

ここまで読んで下さってありがとうございます。

このブログでは、
「もう少し楽に生きたい」
そう思ったことがある方への
無理をしない考え方や、
自分を大切にするヒントをまとめています。

よかったらこちらも読んでみて下さい。

また、私は、自分の気持ちを整理するために
ブログを書くようになりました。

書くことで
自分の考えが整理されて
少し心が軽くなったと感じています。

もし
「自分の気持ちを書いてみたい」
と思ったら、
ブログを書くのもおすすめです。

一緒にブログを書いて、実際に行動してみると、
気持ちの整理がついてきますし、
新たな発見があって楽しくなってきますよ。

「○○してあげたのに」があなたの親切な行動の価値を下げてしまう

「手伝ってあげたのに」
「親切にしてあげたのに」
「お世話してあげたのに」
「譲ってあげたのに」
お礼をしてもらえなかった。

私も、運転をしている時、よく思ってしまうことです。
離合の時に止まって譲ってあげたのに、
駐車場から出てくる車を先に行かせてあげたのに、
右折待ちの車の進路を開けてあげたのに、
・・・
お礼くらいしろよ!と思ってしまいます。
まあ、数え上げたらきりが無いですね。

でもこれは、自分が勝手にした行動に見返りを求めてしまっているのです。
確かに、行動自体は素晴らしい行動でしょう。
でも、それは自分がしたいと思って勝手にした行動です。
それに見返りを求めて、もしそれが相手に伝わったとしたら、
相手はきっと、
「いや、頼んでないよ」
「それなら、してくれなくてよかった」
「余計なお世話です」
と、思われてしまうでしょう。

例えば、あなたが誰かに奢ってもらった時、
お礼は言ったけど、それで済ませていたとします。
それが、しばらくして、誰かから、
「せっかく奢ってやったのに、お返ししてこないんだよあいつ。
普通、奢られたら、「次は出しますね」くらい言うだろ。」
というようなことを聞いたら、
きっとモヤモヤしてしまうと思います。

それと同じで、
自分が誰かをお世話した時、
「せっかくお世話してやったのに」
と、愚痴を言ってしまったら、
相手に同じ思いをさせてしまいます。

また、愚痴を言ってしまうということは、
相手からの「見返り」を期待して行動した
ということです。

仏教では「お布施」という言葉があります。
必ず聞いたことがある言葉だと思います。
では、このお布施とはどのような行為なのか。

それは、
見返りを求めない行為
です。

そして、「親切」や「お世話」も
お布施の一つとして定義されています。

つまり、人のお世話ができたり、
人に親切にすることができたりするのは、
とても素晴らしいことです。

その素晴らしい行為を、さらに輝きを増すために、
やり終えたら綺麗サッパリ忘れてしまいましょう!

忘れてはいけないのは人から受けた恩
さっさと忘れた方が良いのが施した恩

せっかくの素晴らしい行為を
恩着せがましい行為にしないために、
親切やお世話は、やりっ放しでちょうど良いのです♪

また、
成さぬ善より、成す偽善
という言葉をよく聞きます。

私もこの言葉には大賛成です。

災害などは発生した時、日本各地から支援のための人や物が送られてきます。
それを見て、必ず現れる
「偽善者ぶりやがって」
「売名行為だろ」
「もっと支援できるだろ」
など、何もしないのに文句だけ仰る方々・・・

行動する方の真意はどうあれ、
その行動はとても素晴らしいものだと断言できます。

確かに、人に親切にしたり、お世話させて頂いたりして、相手にお礼を言われると嬉しいですし、人によったら、言い方は悪いですが、ある種の優越感のような感情が出る時もあるでしょう。

でも、それで終わらせてしまえばいいと思います。
見返りを求めず、
世間に知らしめようとせず、
嬉しい気持ちになれた自己満足で終わらせておけば、
それは立派なお布施になると信じます。

自分が満足してしまったら、
その後はほったらかしです。

だから、親切やお世話は
やりっ放しにしちゃいましょ♪

ここまで読んで下さってありがとうございます。

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少し心が軽くなったと感じています。

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と思ったら、
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新たな発見があって楽しくなってきますよ。