
どうしても人の目が気になる、人の評価が気になる。
誰でも経験があると思います。
そんな、周りの目、評価が気になって身動きが取れなくなる前に、気にせず自分のやりたいことを堂々と行動できるようになる為の
5ステップを紹介します。
- ①「いい人」になんてならなくていい
- ②別にガッカリされたっていい
- ③自己満足でいい
- ④失敗しても命まで取られる訳では無い
- ⑤比べて喜ぶと人を傷付ける、比べて悲しむと自分を見失う
人の評価を気にしない事で、自分が思ったこと、良いと思ったことを堂々と実行できるようになる。
例え、それで相手に不快な思いをさせてしまったり、怒らせたりしても気にならなくなります。
もちろん、不快にさせてしまったこと、怒らせてしまったことに対しては謝る必要がありますが、自分が良いと思って、自信を持って堂々と行動した結果なので、後悔は無くなる。
自分の行動をどの様に受け取るかは相手の問題です。
不快に思われたり、怒ったりするのも相手のご都合、気にする必要はありません。
相手にどう思われるかでは無く、自分がこうしたいと自分で決めて自分で行動して行くと、少しずつ周りの目が気にならなくなってきます。
私自身も周りに人の目が、評価が気になり、人の顔色ばかり伺っていました。
それが、このステップを踏んで、とても生きやすくなりました。
そんな、同じ様な悩みで苦しみ、動けなくなってしまっている方の一助となればと思い書きました。
どうぞ、一つ一つ実践して行って見て下さい。
①「いい人」になんてならなくていい【いい人より機嫌のいい人】
いきなりですが、「いい人」になんてならなくていいのです。
なぜなら、「いい人」の基準は相手にあるからです。
同じ行動をしても、人によって受け取り方が違います。
例えば、
誰かに食事を奢るとしましょう。
ある人は、喜びます。
「給料日前でお金が無かったから助かった。」
「お金が浮いてラッキー!ありがとう。」
またある人は、怒ります。
「あなたに奢ってもらう筋合いは無い。」
「お金が無いと馬鹿にしているの。」
またまたある人は、奢られるのは当然と思っているかもしれません。
「私は女だから男に奢ってもらうのは当たり前。」
「先輩だからお金出すのは当たり前。」
「接待される側だから当たり前。」
同じ「食事を奢る」という行為一つでも、人によって様々な反応があると思います。
ここで、「いい人」になろうと、怒っている人に更におもねっても、きっと良い結果には結び付きにくいでしょう。
それより、自分の機嫌に責任を持つ。
自分の機嫌を良い状態を維持する事に全力を傾けるのです。
例え、怒られても、嫌味を言われても、無視されても、自分は歌でも歌い出しそうな状態を保つ。
ここまでの域に来られたら無敵ですが、さすがにいきなりはハードルが高いのでまずは、今まで人の言うことが気になっていたのを、自分の機嫌を保つことに意識を向けるのです。
その為にはその場から逃げてもいいし、その人と会わないように距離を取るのもいいでしょう。
つまり、嫌なこと、辛いことが起こって自分の許容範囲を超えそうなら一度離れる、機嫌を保つために積極的に何かしようとするのでは無く、逆に、「◯◯しない」と考える、悪いことから遠ざかると考えるのです。
仏教の教えに
「十善戒」
という教えがあります。
「遠ざかった方がいい悪い事の十ヵ条」
と言った意味でしょうか。
- むやみな殺生
- 時間を含めた盗み
- 男女の邪な関係
- 嘘
- きれい事
- 乱暴な言葉遣い
- 人の悪口
- 物を惜しむ、働く事を惜しむ心
- 腹を立てること
- 誤ったものの見方
の十種類です。(Google先生調べ)
自分の機嫌を保つためにまずやるべき事は、悪い事を改善するのでは無く、悪い事からなるべく遠ざかる事です。
まずは、いい人、悪い人という考え方から離れて、自分の機嫌を保つ事を目指すと、自然と自分の機嫌の良い時間が増えていきます。
次に、
②別にガッカリされてもいい
そう、そのままですが、誰かにガッカリされても自分には関係ないと考える。
ガッカリされるのは、ただその人のご都合に沿わなかっただけです。
何を気にする必要があるでしょうか?
自分が良いと思った事を、自信を持って行動した。
それを、相手がただ受け取らなかっただけです。
それでもし怒られてしまったなら、一言「すみません」と謝って、次からその人に近付かなければ良いだけです。
「みんなから好かれる人になりたい」と見果てぬ夢を見た瞬間から、辛い不幸な人生が始まります。
なぜなら、「好かれたい」というプラスの夢を見ている反面、「嫌われたくない」というマイナスの夢を見ているから、皆に好かれている自分という心地良い優越感より、嫌われてしまうかもという恐怖の方が大きいからです。
その恐怖から逃れるために、人の期待に応える事ばかりに必死になってしまいます。
そして、どれだけ優秀な人でも、全ての人の期待に応える事など絶対に不可能です。
ある人の期待に応える行動が、別のある人にはガッカリされてしまう、なんて事はたくさんあります。
極端な例ですが、先輩からお金が要るから貸してくれと言われ、親のお金を盗んで先輩に貸したとしましょう。
当然、この行動は親をガッカリさせる行動です。
そして、今度は親をこれ以上ガッカリさせまいと、正直に先輩に貸すために盗んだ事を告白します。
すると、今度はその先輩をガッカリさせてしまう事になります。
そんな人の期待に応えるために必死になるより、
自分が自分で正しいと思う道を堂々と歩んでいればそれでいいのです。
自分の行動に他人を使ってはいけません。
自分の信じる道を、自信を持って進めばいい、そしてその道を進むほかに道はありません。
次に
③自己満足でいい
親切はやりっ放しでちょうどいい。
誰かのために何かしたいと思った時は見返りを求めない、それと同時に相手にプラスに受け取ってもらえなくても気にしない。
つまり、自己満足でいいのです。
誰かのために何かしてあげたいと思う心はとても素敵な事だと思います。
しかし、それは「自分が」したいと思ってした行動、相手が望んだり、頼んでもいないのに、自分が勝手にした行動で見返りを求めたり、見返りが無いからといって腹を立ててはいけません。
そんな事で怒られてしまったら、相手はもう二度として欲しくないと思うでしょうし、距離を取られてしまう事だってあります。
だから、見返りを求めずに、ただやりっ放しで丁度良いのです。
もし、相手にお礼を言われたり、見返りが帰ってきたりした時は、最高の笑顔で受け取るといいと思います。
相手が自分の行動を素直に認めて喜んでくれたお返しなので、自分も素直に喜んで受け取れば良いのです。
そして、逆に相手を怒らせてしまったとしても、その時も一言「すみません」と謝って、あとは気にせず、今後その人に近付かなければ良いだけです。
こちらも、やりっ放しでいいのです。
あと、これはテクニック的な事になりますが、相手のために何か行動する時は、
相手にどう思われるか、ではなく、相手に喜んでもらえるか
を考えて行動する。
「(相手に)どう思われるだろう」とビクビクしながら行動するより、どうすれば「相手に喜んで貰えるだろう」と考えて、自分が考え得る最高の行動を堂々と実行する方が、相手にプラスに受け取って貰えやすいです。
自信を持って行動して行きたいですね。
次は
④失敗しても命までは取られない
ここまで、さんざん書いてきましたが、
周りの人の目が批判的でも、
周りの人の評価が最低でも、
周りの人の機嫌を損ねてしまっても、
周りの人に嫌われてしまっても、
周りの人に無視されてしまっても、
命まで取られる事はありません。
ただ一言、周りの人に謝罪すればいいのです。
どんな失敗をしたとしても、生きていけるので再出発ができるのです。